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一つ思い出話をさせていただくと、加藤先生と道を歩いているときに目の前に蜘蛛の巣
が広がっていたことがあったのですが、先生はそれを合気道の手の動きで実際に触れる
ことなく取り払ってくださったことがありました。私はただただ驚嘆していたのですが、
先生はこらえきれずに笑い出し、実はふっと息を吹いて巣を吹き飛ばしたのだと種明か
しをしてくださいました。そういった温かいユーモアのある先生に、私も思わず笑い転
げたものです。
加藤先生はどんな小さな動きにも気づく、繊細な感性をお持ちの方でございました。一
度、先生はこう言われたことがありました。若いときには合気道の中で攻めの姿勢でい
ることが多かったが、その時は相手をちゃんと見てはいなかったと。そして年月を経て
相手の動きを目で見るのではなく、全身で視ることができるようになったと。目で見る
と忙しなく見える相手の動きは、たちまち自分自身を塞き止めてしまうが、全身で視る
ことによって自分自身が自由に動けるのだと。
また、加藤先生はとても心の温かい、真実の眼差しをお持ちの方でした。一度、先生と
ロサンゼルスでのセミナーにご一緒させていただいたときのことです。練習後の質問の
時間に、誰が一番弟子かと聞かれた際、杉並合気会の道場にいらっしゃる女生徒のお名
前を挙げられました。
先生はその女生徒が合気道を通して、技だけではなく心までも鍛え上げたことを見て取
られたのです。
加藤先生がよく仰ったことの一つに、古事記に出て参ります正勝吾勝についてのことが
ございました。真実の勝利とは自分自身に打ち勝つということである、というものでご
ざいます。10 年ほど前に先生に教えていただきました。正勝、それは自分自身を知る
ということなのだと。そして知能ではなく知恵を見い出すということ。頭ではなく心で
理解するということ。
加藤先生は誰の力も頼りにすることなく、ご自身の目の前に道を見い出だされました。
よく仰ったことの一つに、ほかの誰かを喜ばせる人生ではなく、自分自身の人生を生き
なければいけない、私たちは全て自身の人生を生きていかなければならない、というも
のがございました。
私が横浜に住んでいた時分には、こじんまりとした合気道のクラスを水曜日の午後に受
け持っておりましたが、加藤先生は二時間の指導のために、二時間の足乗りをかけて来
てくださりました。そして練習のあとには会食をして、また二時間かけてご自宅へ戻る
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